グリーン車にて

 実家で両親の老いを改めて感じたこの年始。今日から仕事始め。
 午前中は名古屋の中部支社にて新年のご挨拶とか社長の訓辞とかそういうたぐいのことをこなす。午後は新幹線で名古屋から東京に向かう。
 昨年末に切符を手配していたのだが、年始のUターンに巻き込まれて普通席が取れず、今日はやむを得ずグリーン車利用。そこですでに乗車していた隣のおばあさんに話しかけられる。「ここは新横浜ですか?」「いえ、名古屋ですよ。新横浜はまだ先ですよ。あと多分1時間くらい先です。」急ぎグリーン車備え付けの冊子で時刻表を確認し、新横浜到着時刻を教えてあげる。新大阪から乗車し、新横浜へ向かうのだとか。今時珍しいきさくなおばあさんだ。
 ・・・と思っていたら、何やらあたふたしだした。どうやら切符をしまったはずがなくしたとかで、かばんの中を困った様子でひっかきまわす。当然こちらも気になる。先ほどの会話もあって、できることなら手伝ってあげたかったが、まさか見ず知らずの人様の財布やらカバンを覗くわけにもいかず、おばあさんが話しかけてくる声に対してできるだけ対応し、こちらも思いつくところを尋ねてみる。「改札の車掌さんには見せたんですか?」とか「そちらに架けてあるコートの中は?」とか。新大阪から名古屋までの間に改札は来ていて、そのときに切符は見せたのだという。「お手洗いには行ってないですか?」「椅子の窓際に切符は落ちてないですか?」とか思いつくことは訪ねてみる。見つからない。何かの割引クーポンやら新大阪駅発の時刻を書いたメモやらはやたら出てくるのだが、肝心の切符が出てこない。
 おばあさんは問わず語りに自分の状況を話し始める。どうやら新横浜からほど近い老人ホームに入居している人で、年末年始に関西に一時帰宅して、新横浜に戻る途中のようだ。娘さんが二人いて、大阪と横浜で連携して移動を助けているらしい。「新大阪で娘に切符なくしたらあかんよって言われたのにねえ」「新大阪で上の娘に乗せてもらって、新横浜では下の娘が待っとるんよ。まるで荷物やわ。」「この前携帯が何やらあかんようになって、替えてもらったんよ。でも新しいのはさっぱりわからんわ。」なるほど。「皆さん協力してお母さんを迎えてくれてありがたいですねえ」「まだ新横浜まで時間があるからゆっくり探せば大丈夫ですよ」とか話する。
 まだおばあさんの切符は見つからない。新幹線は新丹那トンネルを越えた。熱海・小田原でもうすぐ新横浜だ。次に車掌さんが通ったら事情を話して、切符紛失の対応をお願いしようか、と考えていたところ、「あったあ」。

 ほっとした。「良かったなあ」「お母さん、もうすぐ新横浜やから、もうその辺にしまわんと手に持っとっときな」「新横浜着くときに教えるから」知らずに口にでる。「切符無くしたこと娘さんらに言うたらあかんで、怒られるから」

 新幹線は新横浜に到着。下車したおばあさんは、ホームまで迎えに来ていた娘さんらしき人を確認し、ともに品川に向かう新幹線の視界から仲良く消えていった。