夏の思い出

 父方の祖父は、小学校の元校長先生だった。僕が幼少の頃はもうリタイヤしていて、僕の祖父への思い出といえば三重県南部の田舎の祖父の自宅で、悠々自適に暮らしている様子だ。祖父は酒飲みで、キャベツに味噌をつけて酒の肴にして食べるのが好みだった。酒についてはその程度しか記憶にないが、実際は母いわく「結婚してびっくりしたほどの酒飲み」だったそうで、親父いわく「子供のころ酒屋に何度も酒を買いに行かされた」そうだから、本当の酒飲みだったんだろう。比較して若く亡くなったのもおそらく酒が遠因だろう。僕はときおり親戚から祖父に似ていると言われるが、それは酒好きな面が多分に含まれているだろうことは疑いなく、この点だけは自重しないといけないと思っている。
 その祖父の家には、元教師らしく本が壁の棚いっぱいにならんでいた。幼少のころから夏休みやお正月に田舎の祖父の家にいくたびに、僕はその本棚の本を読むのが楽しみだった。まだ知らない知識の海に、没頭したものだった。祖父は、僕がその大事な高価な本を読むのを許してくれた。

 祖父は、僕が高校三年生の夏に亡くなった。容態が悪いのは聞いていたが、僕は受験勉強で実家にこもっていた。いよいよ、というとき、家族は親父の実家に向かっても、なお勉強を続けた。訃報を聞いてのち、僕はあとから、学生服で電車とバスと汽車を乗り継いで、祖父の葬儀に行った。ろくにお見舞いにいけなくて、とても申し訳なかったけど、大学への合格を報告するのがいちばんの供養だと思って、帰ってまた勉強をした。あの夏は、人生でいちばん勉強をしたときだったと思う。その冬、僕は祖父が卒業した師範学校をルーツに持つ大学で共通一次試験を受け、大学に入学し、ふるさとを離れた。もう20年近く経つのか。